三宅島で見た海の力、自然の力
- 水中写真家・中村征夫さんインタビュー -
生命の原点が危ない
――三宅島では2000年に大きな噴火がありましたが、あの噴火で中村さんが心配された海への影響というのは何かありましたか?
中村 僕ね、海の環境の中で一番大事にしなくてはいけないのは、島の周り、つまり海岸線だと思っているんです。陸と海との接点。ここは海の生命が宿るところだから、ここを汚してしまうととんでもない、取り返しのつかないことになると常々思ってきたんです。だからあれだけの噴火があって、溶岩が海に流れ、そして泥流が流れてしまったら、これはもう致命傷になってしまうのではないかなと思ったんです。
沿岸域には、例えば干潟があったり、藻場があったり、サンゴがあったりして、常に酸素が充満している。波がガーンと岩に打ち付けるそのときに、しぶきと一緒に地上の酸素が海の中に取り込まれる。海の中からも海草が光合成で酸素を出している。だからここで卵がかえったり幼魚が成長したりするんですよ。それを深海魚なんかもみんな知っているから、浅瀬に卵を産みに来るわけです。生命の原点ですよね。そこに泥流とか火山灰、溶岩、そういうものが入ってしまうと、もう植物プランクトンも動物プランクトンも生存できないだろうと思ったんです。当然小魚も。だから、島の周りの海が元の姿になるには相当な時間がかかるんじゃないかと思ったんですよね。

――なるほど。中村さんは2005年の春、三宅島の観光が解禁になったときに島に行かれたそうですが、その時、噴火から4年半以上が経った三宅島を実際にご覧になって、どんな印象を持たれましたか?
中村 いやぁ、あの時はもう、何ていうのかなぁ、海の力、自然の力というものをまざまざと見せつけられたという感じがしました。自然界と人間では、地球に対する考え方や接し方がまるで違うなと思ったのね。それは、人間というものは、ものを作るときは基礎を作るために土壌までひっくり返して、むちゃくちゃにしてしまう。ところが自然というものは、例えばある時は猛威を振るう台風がやってきたり、三宅島も雄山の噴火で大変なことになりましたけども、しかし、山がこの島の沿岸や海を台無しにしてしまったツケを、今度は海の黒潮というものがしっかりと、4年の歳月をかけて、泥流を沖に流し、そしてまた新しい生命が宿るように導いてきているということが分かったんですよね。三宅島にはちょうど黒潮がぶつかりますよね。その黒潮がゆっくりと時間をかけて、この雄山のツケをまたゼロに戻すために、本当にがんばってきたんじゃないかなと思います。
自然界というものは、人間にも生きものたちにも大打撃を与えるけれども、絶対に基礎までは壊さない。ですから必ず元に戻る。それをこの目で確認できました。
――海の状況もずいぶんと回復しつつあるという印象を持たれたんですね。
中村 僕はすごく生命力というものを感じました。僕はあのとき、とにかく一番汚いところに潜ってみたかったんですよ。流れも変わらなくて澱んだままの。そういう、最後まで噴火の影響が残った場所というと、伊ヶ谷の港なんですよね。堤防に囲まれているから、黒潮がぶつかっても遮られて、甦るのが一番遅い。潜ってみると案の定、泥流が降り積もっていて、何ていうのかな、ぬるぬるっとなってしまうような感じ。それで粘土がふわーっと舞い上がったりしてね。
ところが、その合い間に小っちゃなサンゴが芽を出していてね。まだ2歳ぐらいの感じの。親のサンゴはもう泥流かぶって全部死んでいるんですよ。その脇で、積もった泥流が時とともに流されて岩だけが肌を見せているんだけども、そこにちょこん、ちょこんとサンゴが芽吹いているんですよね。ああいうのを見ると、すごいなぁと思ってね。とっても感動しました。
――東京湾のお仕事もそうですが、敢えてきれいではないと思われるところに入ってみるというのが面白いですね。
中村 やっぱり、一番ひどいと思われるところに入ってみないと、何も言えないと思うんですよね。
――三宅島でも、大久保浜や水深の深い場所では昔のままの美しい海の様子が見られますよね。他のところでも潜られたんですか?
中村 何箇所も潜りましたけども、まだ影響あるところと、もう完全に元に戻っているんじゃないかなというところと、いろいろありましたね。
