三宅島で見た海の力、自然の力
- 水中写真家・中村征夫さんインタビュー -
海のことは何も分かっていない
――意外なきっかけから海と出会い、危険な目にもたくさん遭われて、それでもここまで写真のお仕事を続けてこられた理由は、ご自身では何だと思いますか?
中村 やっぱり海の力でしょう。これが、一番大きいと思う。とにかく、年はとっても気持ちだけは子どものままでいられるんです、海にいると。だって分からないことばっかりだもの。
――中村さんでもまだそう思われるんですか?
中村 何にも分かってない、海のことは。僕だって潜り始めてたった40年ですよ。この前こういう文章を読みました。地球が誕生してから現在までを1年として計算してみる。1月1日が地球の誕生の日とすると、人間は何月何日ぐらいに生まれただろうか。そうすると、12月20日過ぎになっちゃうわけです(笑)。それでいながら、地球上で人間は一番いばりくさっているでしょう。あっていいの?こういうこと、と思うんです。
とにかく海にはいろんな不思議があって、子どもがこれ何?これ何?って次々に質問してくるあの気持ちをずっと持つことができる。次々に湧いてくる疑問と、それが分かったときの喜びがあるわけです。あとは、海の生きものとの駆け引きですね。
――駆け引き?
中村 うん。この魚はすぐ逃げる、あるいはこの魚は何十センチまで寄れる、そういうことを頭に置いて駆け引きをしながら魚に寄っていく。騙して騙してね、僕はお前には関係ないんだよ、お前は今僕のことを怖がって、それ以上来るな、縄張りが荒らされるから来なくていいっていう表情をしているけれども、僕はお前には関係ない、お前の隣にあるその丸っこい石、これいい石だねぇ、みたいな感じで寄っていくわけですよ(笑)。それで、石と魚と自分を三角形に見立てて、自分がその頂点にいるようにしながら下りて行く。カメラは石にピント合わせているわけ。そうすると、ちょっとカメラを振って、魚に合わせて微調整すれば、写真が撮れるんですよね。そういうやり方でやっています。無関心を装っていく。それが駆け引きなんですよね。魚は、相手が危険な波長を持っているかどうかをいっぺんに判断する。やっぱり目と目が合うと、こちらの魂胆は完全に見透かされるという感じがします。それをいかに隠して、穏やかなリズムで近づいていくか。
それでうまく近づいて一瞬写真を撮ると、ストロボが光りますよね。すると魚がボンと数十センチジャンプする。やられた、って感じでヒゲも全部ぴーんと立つんですよね。だいぶショックな状態です。でもすぐ、あれ、まだ生きてる、と思うわけ、自分で。その瞬間もう1枚ぱっと撮って。で、2回目もぴょんとジャンプするけども、3回目はもう学習しちゃって全然平気。カメラもあの光るやつも無害だと分かると、こいつは僕に悪いことしてないって思って、どんどん寄ってくるようになる。ピントが合わなくなるからもっと離れてくれっていう感じでね。
――そういうものなんですか(笑)
中村 うん。だから、シャッター切った瞬間がやっぱり快感ですよね。騙した!野生の生きものより上をいった!みたいな(笑)。

弱い遺伝子は淘汰される
中村 思うんだけど、魚でも疑似餌とかを食ってしまうやつは自然界では生きていけない。だから早速釣られて食われた方が、その種のためにはいいんですよ。バスとかを放流しているけども、やっぱり釣られるやつはだめ。そういうのを放流してはだめなんです。なぜかというと、弱い遺伝子が増えていくから。ライオンやチータが鹿を捕まえて食べる、でも捕まらない鹿もいる、それによって強い遺伝子が残っていく。だからその種は安泰なんです。人間は偽善的だから何でも都合のいいようにとらえて、食べられる鹿はかわいそうだと思ってしまうけど違うんですよ。一つの淘汰なんです。その中で生き残っていくものが本物なんですよ。
自然界と人間の社会は全然違う。だから、猫に襲われそうなカラスのひなを大事に抱えてきて育てて、野生に帰してもだめなんです。巣から落ちるひなは、下が地獄だということはもう遺伝子の中に組み込まれているんだから、それでも落ちてしまうというのはやっぱり弱いんですよね。残酷なことを言うようだけども。
――そこで食われるのは運命だと……。
中村 ええ、それは運命で、それがやっぱりカラスのためにもいいんですよ。それを誤解しないでほしいなと思うのね。半端な世界じゃないんだもん、自然は。魚だって、ちょっと岩に頭ぶつけただけで、すぐに他の魚が狙ってくるからね。上から石ころが落ちてきて、コンと頭に当たったオコゼがいて、アホなやつ、と思ったらもう他の魚が襲った。あいつは怪我した、狙いどきだ、と思ったわけです。

デジカメも使います
――今年は東京都写真美術館で個展を開かれるそうですが、どんな展覧会になる予定ですか?
中村 8月5日からスタートしますが、タイトルが「海中2万7000時間の旅」と大きなタイトルなんです。今まで海に潜ってきた時間を足してみると、約3年間潜りっぱなしということになるんです。時間にすると、約27,000時間。展覧会では、今まで撮ってきた国内と世界の写真を中心に展示します。モノクロで撮ったクジラの写真を原寸大にもするんですよ、13mぐらいの。
――中村さんはデジカメも使われるんですか?
中村 まだほとんどフィルムですけど、デジカメも使いますよ。RAW現像で撮って、写真展のときに自分で現像してプリントの見本を作ったこともあります。僕はデジカメは最近使い始めたばかりなんだけど、避けて通れない世界だと思うから毛嫌いする必要も全然ない。やっぱり手軽だし、その場で見て補正もできるしね。そういうことでは優れたものだなと思います。その代わり、デジタルの方が枚数が多く撮れるというけども、逆にデジタルはその場で見ることができるから、欲求が強くなるんですよね。なかなかOKが出せなくなっちゃう。
――ああ、なるほど。
中村 そう、今度はこのアングルからとか、上を切って下をもう少し入れようかとか、欲がいっぱい出てくるんです。だから同じものでも何枚も撮ってしまう。結果、あっという間にデータの空きがなくなっちゃうんですよ。水の中でしょっちゅうゼロになってしまって、また戻していらない写真を消すのに必死になっちゃう(笑)。水の中でそんなことをやっていますよ。
聞き手:山下聡子(みやけエコネット編集部)

中村征夫(なかむら・いくお)
写真家。1945年秋田県生まれ。撮影プロダクション(株)スコール.代表。国内外で幅広く活動、海の魅力と環境問題を、出版物や個展、講演、テレビ、ラジオなど様々なメディアを通して伝え続けている。今まで訪れた国は74カ国、TVコマーシャルや劇映画等の映像も多数手がけている。主な写真集に『海中顔面博覧会』『白保 SHIRAHO』『カムイの海』、ルポルタージュに『全・東京湾』など多数。1988年 第13回木村伊兵衛写真賞、1997年 第28回講談社出版文化賞受賞。
http://www.squall.co.jp/
中村征夫写真展「海中2万7000時間の旅」
2006年8月5日(土)~9月18日(月・祝)
会場:東京都写真美術館(東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内)
時間:10:00~18:00(木・金は~20:00)*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜(休館日が祝日の場合はその翌日)
問:03-3280-0099(東京都写真美術館 事業企画課企画係)